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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)1797号 判決 1954年7月15日

控訴人(附帯被控訴人) 被告 東京都

代表者 知事 安井誠一郎

指定代理人 三谷清 外一名

代理人 吉原歓吉

被控訴人(附帯控訴人) 原告 笠島キヤウ 笠島喜代 笠島美絵子 笠島信和 笠島義和 笠島佐絵子 小倉重勝 笠島勝典 春原千秋 右美絵子、信和、義和、佐絵子、法定代理人親権者母 笠島喜代

訴訟代理人 林逸郎 外二名

主文

一、控訴人の本件控訴はこれを棄却する。

二、原判決中「原告等のその余の請求を棄却する」との部分を次のように変更する。

(一)控訴人はさらに被控訴人笠島キヤウに対し金十五万円、同笠島喜代に対し金一万円、同笠島美絵子、同笠島信和、同笠島義和、同笠島佐絵子に対し各金五千円、同小倉重勝、同笠島勝典、同春原千秋に対し各金三万円及び右各金員に対する昭和二十五年三月十九日から支払ずみにいたるまで年五分の金員を支払うべし。

(二)被控訴人らのその余の請求を棄却する。

三、控訴審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す、被控訴人らの請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とするとの判決、附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決、附帯控訴につき原判決中「原告らのその余の部分の請求を棄却する」との部分を取り消す、控訴人はさらに被控訴人笠島キヤウに対して金三十五万円、被控訴人笠島喜代に対し金十二万三千三百三十三円、被控訴人笠島美絵子、同信和、同義和、同佐絵子に各金六万一千六百六十六円五十銭、被控訴人小倉重勝、同笠島勝典、同春原千秋に対して各金二十二万円及び右各金員に対する昭和二十五年三月十九日から支払ずみまで年五分の金員を支払うべし、訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は後記のとおり附加するほか、すべて原判決の事実らんに記載されたとおりであるからここにこれを引用する。

控訴代理人は事実上及び法律上の主張として次のとおり述べた。

一、訴外梅津治次の本件加害行為は自治体警察の公権力の行使として職務上行われたものではない。

(1)  梅津巡査は非番の時間を利用して本件加害行為をしたものであることは従前主張のとおりであるところ、非番とは職務に従事しないで休息を許容された時間であるから、公務員が職務に関係なく自由行動を許容された時間である。従つて非番中は特別に勤務の命令があるか又は勤務のための召集等がない限り職務執行はできず、同時に使用者たる官庁も非番中の巡査個人の行動については職務上の指揮監督をし得ないのであるから、本件梅津巡査の加害行為についてはなんらの職務執行権限のない一般私人の行為と同じであつて、国家賠償法第一条の職務執行には当らないというべきである。

(2)  梅津巡査の加害行為は職務管轄区域外でなされたものであることは従前主張のとおりであるが、梅津巡査が笠島勝次郎を死に致した共同便所附近が東京都と川崎市との境界線から五百米以内の地点であつても、梅津巡査は国電川崎駅前巡出所において勝次郎から金品を取り上げその犯罪目的を達成していたものであつて、本件事故の当時は勝次郎を連行中ではなく勝次郎が警戒心を起して梅津巡査を監視していたのが事実であるから、外観的に職務執行と見られる行為は右五百米以内の地点ではないのである。

(3)  さらに梅津巡査は当初から職務執行の意思なく、名を不審尋問にかり他人の金品を不法に領得する目的で本件加害行為をしたものであるから職務執行行為でないとするのが控訴人の抗弁の主眼とするところである。これについて、違法な行政の作用の結果発生した損害について、機関たる公務員個人のほかに国又は公共団体に対して損害賠償を求め得るかどうかにつき考えるに、機関が機関であるのは固よりその権限の範囲内のみであつて、権限の範囲外においてはもはや一個人にすぎず、その行為はその者の個人としての行為であつて国又は公共団体の行為ではないから、国又は公共団体がそれについて賠償責任を負うべき理由はないといわなければならぬ。すなわち国又は公共団体といえども自己の行為にあらざるものに責任を負わねばならぬ理由は存しないからである。旧憲法下において公権力の行使につき国又は公共団体に賠償責任を認めた法律がないとして否定されたのはかかる理由にもとずくものと思われる。もつとも国又は公共団体がその機関に対しある権限を授ける以上は、公務員が右権限を行使しようとするに際し権限行使の方法その他の判断において、それが間違つて行使され、ために国民が違法に損害をこうむる可能性も考えられないのであるから、かく考えると国又は公共団体が機関に与えた権限が正しく行使された場合にのみそれを自己の行為とし、間違つて行使された場合には否定するということは、被害者保護に欠けるものといわざるを得ない。すなわち権限が正しく行使されることも然らざる場合もともに機関にその権限を授けることの中に含まれた二つの方面とすれば、国又は公共団体としてはそのいずれの場合に対してもその結果につき責を負うべきであるというが憲法第十七条にもとずく国家賠償法の根本趣旨であると考えられる。そうだとすれば同法第一条の「その職務を行うについて」とは、公務員が少くとも主観的に権限行使の意思を有し職務執行をしたにもかかわらず当該職務行為を間違つて行つた場合の意味であつて、従つて公務員がその職務を間違つたのではなく当初から職務執行の意思なく外観上職務行為を仮装し、その職務に関係して他人に損害を及ぼし、又はその職務に関係なくなした行為等は同条の職務執行行為とは解せられないことは明白である。本件梅津巡査の場合においても同人が主観的に職務行為としてなしたものでないことは明らかなのであるから、仮りに相手方たる勝次郎において外観上職務行為と信じ又は信ずるにつき過失がなかつたとしても、梅津巡査の行為は自治体警察の行為とはなり得ないのであつて控訴人に対する賠償責任は否定されるべきものであることは疑がない。最高裁判所第三小法廷は昭和二十四年(オ)第二六八号損害賠償請求事件につき昭和二十五年四月一一日言渡した判決において「又もし仮りに警察官が公権力の行使に名をかり職権を濫用して本件家屋を破壊したものであるとすればこれら警察官が民法上の不法行為の責任を負うことはあるかも知れないが、その場合右の行為はもはや国の行為とは見ることができないのであつて、尚更国が賠償責任を負う理由はないのである」と判示し、全く同様の見解を採用していることが知られるのである。

二、これを要するに被害者に対しては同情にたえないところではあるが、梅津巡査の行為が金品領得を目的とした犯罪行為である以上、控訴人に対する請求は失当である。

被控訴人ら代理人は事実上及び法律上の主張として次のとおり述べた。

一、控訴人は国家賠償法第一条に「職務を行うについて」とは公務員が少くとも主観的に権限行使の意思を有した職務執行をなしたにもかかわらず当該職務執行行為を間違つて行つた場合の意味であつて、公務員が当初から職務執行の意思なく外観上職務執行を仮装し、その職務に関係して他人に損害を及ぼす場合は右の職務を行うについての行為と解することはできないと主張するけれども、同法第一条を誤解したものである。すなわち同法第一条の「職務を行うについて」は民法第四十四条の「職務ヲ行フニ付キ」及び民法第七百十五条れた場の「事業ノ執行ニ付キ」と同趣旨で職務を行うためにより広く、自己の利益を図る目的でなさ合も含むものであると解すべきである。大審院は大正十五年十月十三日民刑聯合部判決以来今日まで「行為の外形上使用者の事業に属するものはたとえ被用者が自己の利益を図る目的で為された場合でも事業の執行について為されたものと解する」と判示しているのである(大正十五年十月十三日民刑聯合部判決民集七八五頁、昭和十九年六月十七日民集四七三頁)。

梅津巡査は警察官の制服制帽を着し、昭和二十三年三月三十一日午前十時頃省線川崎駅ホームにおいて、被害者笠島を呼び止め、ちよつと事件があるここではまずいからと同駅長事務室に連行し警察手帳を示した上笠島の住所氏名を右手帳に記入しその所持した鞄、弁当箱、薬びん、手拭、ハンカチ、現金約一万円を包んだ包、銀行通帳、その他雑品等を机の上にならべさせ、かつその品物の一つ一つにつき説明を求め、さらに同駅前の交番に笠島を連行し同交番の警察官に「モサらしいからちよつと場所を拝借したい」と話しその休憩所において前記の品々を再度畳の上に出させその出所等を追求したのである。また梅津巡査は笠島を川崎市警察署、国家警察署に連行し、その途中便所において拳銃をもつて笠島を射殺したものである。以上のように梅津巡査のとつた行為は警察官としてとるべき通常の取調べ方法であつて、これに対して川崎駅長事務室に居あわせた助役、駅員及び川崎駅前交番詰の警察官らはいずれも正当なる警察官の職務執行と信じたのである。いわんや被害者笠島が梅津巡査の行為を正当なる警察官としての職務執行と見たことは当然である。これを要するに梅津巡査のとつた行為は外形上は全く警察官の職務執行であるからこれによつて生じた損害は控訴人において当然その賠償の責に任ずべきである。

二、控訴人は最高裁判所昭和二十四年(オ)第二六八号事件の判決を援用するけれども、同判決は国家賠償法施行前の事案に対するものであるから国家賠償法による本件損害賠償請求になんら関係なく、本件解決の資料とする価値なきものである。

三、控訴人は梅津巡査が非番の時間中に本件行為をなしたものであるから職務執行にあたらないと主張するけれども、公務員の職務権限はその職務上の地位に附着するものであるから、退職停職等によりその地位を失わない限りこれを保有するものである。

四、控訴人は梅津巡査の行為は東京都自治体警察の管轄区域の境界外五百米以内の区域より更に外である川崎駅附近で行われたものだから土地管轄外のことであると主張するが、警察法第五十七条の境界外五百米以内の地域というのは同法第五十八条第一項によつてその管轄区域内(第五十七条の地域を含む)に行われた犯罪又はその管轄区域内に始まり若しくはその管轄区域内に及んだ犯罪並びにこれらと関連する犯罪についてはその管轄区域外にも職権を及ぼし得るものである。本件の場合正にその管轄内に及んだものであるから梅津巡査はその管轄内においてその職権を行つたものである。

五、原判決は慰藉料として被控訴人キヤウの請求する金四十五万円中金十万円、同喜代の請求する十三万三千三百三十三円中金一万円、同美絵子、同信和、同義和、同佐絵子の請求する各金六万六千六百六十六円五十銭中各金五千円、及び同重勝、同勝典、同千秋の請求する各金二十五万円中各金三万円の限度においてのみ被控訴人らの請求を相当として認容しその余を棄却したが、右認定額は被控訴人らの地位収入生活程度精神物質両面に受けた苦痛の程度等にくらべて低きに失するから、さらに附帯控訴の趣旨記載のような金員の支払を求める。

理由

控訴人が東京都の特別区の存する区域の自治体警察を維持し、その費用を負担して運営管理に当る公共団体であること、訴外梅津治次が昭和二十一年四月東京都警視庁巡査に任ぜられ大森警察署に勤務し、昭和二十三年三月三十一日当時その職務に従事していたこと、同日同巡査が制服制帽を着し実包装填の十四年式拳銃を携帯し、神奈川県国鉄川崎駅ホームで笠島勝次郎を呼び止め、同駅駅長室で不審尋問の上所持品の検査をし、その際あらかじめ用意した金三百円入りの封筒をひそかに右所持品の中にまぎれこませて不審の原因を作り、スリの容疑をかけて同駅前巡査派出所に連行し、勝次郎の所持する現金九千九百円外雑品数点を犯罪の証拠品として預ると称して受取り、同所を出て連行途中同日正午頃川崎市東一丁目二九番地先共同便所内で用便中の右勝次郎のすきを見て右預品を持ち逃げしようとしたところ、勝次郎が「どろぼう」とさけんだので、梅津は所持の拳銃で実包一発を勝次郎の背後から発射し、同人の腰部に貫通する銃創を負わせた上前記金品を携帯逃走してこれを強奪し、勝次郎をして同日午後一時十五分ごろ同市川崎病院で右貫通銃創による内出血により死亡せしめたことは、原判決の説示するところと同様に、当事者間に争ない事実と成立に争ない甲第十、第十三、第十五号証の記載とによりこれを認めることができる。

被控訴人らは右梅津巡査の右所為は公共団体である控訴人東京都の公権力の行使に当る公務員がその職務を行うについて故意によつて違法に他人に損害を加えた場合に該当するものであるから、国家賠償法により控訴人はこれが賠償をなすべき責任があると主張する。

右事実のみによれば、梅津巡査の行為は自治体警察の公権力の行使にあたる公務員がその職務を行うについて故意に違法行為を行つたものと解して差支えないもののように見える。

しかるに、梅津巡査は当時大森警察署海岸通り派出所に勤務し、同所の勤務割は午後五時から翌朝午前九時まで勤務したとき(第二当番)はこれを終えて自宅に帰り休息する定となつていて、前記事件当日同巡査は第二当番を終つて休息すべき日すなわちいわゆる非番の日にあたつていたこと、同巡査の前記所為の現場は、そのうち前記発砲強奪のされた前記共同便所附近だけは、東京都と川崎市との境界線から五百米以内の地点にあり、したがつて控訴人の自治体警察の職務を行い得べき地域であるけれども、その余は東京都の管轄区域外であること、さらに、右梅津巡査は当時持病の中風になやむ実毋から医療費生活費の仕送りを求められていたがさきに同僚に代つて受取つた給料の使いこみの返済もできず、自分の生活にも困つておつて、とうてい実毋への仕送りができない状況であつたので、拳銃を入手して悪事を働きその場の苦境を切り抜けようと考え、昭和二十八年二月十八日ごろ大森警察署池上派出所勤務の藤本巡査保管の本件拳銃及び実包五発を窃取した後、通行人に対して不審尋問を行いその所持品を証拠品名義で取得することを思い立つて前記三月三十一日前記のとおり川崎市に出かけ、たまたま右笠島勝次郎(当時七十三才)が買物の際多額の札束を所持しているのを知りその後を追つて前記のとおり不審尋問、所持品検査の上前記金品を預りこれを持逃げしようと機会をうかがつたが笠島が警戒心を起すにいたつて容易に目的を遂げ得ず、共同便所で用便中のすきをうかがい逃走しようとしたところ、同人から「どろぼう」と大声で連呼せられたため、この上は同人を殺害して前記の金品を強奪するほかはないと考え、所携の拳銃により同人を殺害して金品領得の目的を遂げたものであるという、かような事情の存することが、原判決の理由に説明するとおりに認められるのである。

思うに一般に国又は公共団体の公権力の行使は常にその相手方たる国民の利害に関係するものであるから、それは必ず法令の根拠にもとずき、法令の定める手続に従つて正当になされなければならないことは法治国における原則である。公権力の行使は適法に行われることのみが許されるのである。従つてまた国又は公共団体がその所属の公務員に公権力行使の権限を委ねるのは、適法に行うことのみを委ねるものというべきである。しかるに現実にはしばしば公権力の行使が違法に行われ、権限をもつ公務員が違法にその職務の執行をすることは、事実として否定し得ないのである。しかもかような公務員の所為は適法な公権力の行使でないとの理由のもとに、これに関して国又は公共団体に責任なしとするならば、これによつて損害を受けた者の保護は大いに欠けるものといわなければならない。公務員が個人として責任を負うべきものとするも、公務員はその地位において強大な権限を有するに比しては、私人としての財力資力において微力であることが通例であるから、実質的に賠償を得ることは、のぞみなきに近いのである。この故に憲法第十七条は国民の基本的人権の一としてこのような被害者の救済を保障し、これにもとずき国家賠償法は定められたのである。

そこで同法第一条第一項をみるに「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」と規定している。ここに違法というは、とりもなおさず、公権力の行使が違法になされることをさすのであり、故意とはその職務の執行についてなされるところが違法であることを自ら知りつつ行うことを意味することは自明である。本来適法にのみなさるべき職務の執行について「違法に他人に損害を加えたとき」ということは、そのこと自体すでに外観上は適法な職務行為と見えるものを予定していることは明らかである。そもそもその違法なことを自ら知りつつ、しかもなお職務執行なりと思惟するということは厳密にいえばむじゆんであろう。もちろん違法と知りつつも国又は公共団体のためにするとの意識のもとに行動することのあり得ることは否定はできない。しかしこのようなことはきわめてまれな場合である。むしろ私利をはかり、私欲をみたし、私怨をはらす等々私の目的のためにする、いわゆる職権の濫用にあたる場合を一般とすること、世の実情である。国家賠償法が右のまれな場合についてだけ規定し、むしろ一般の場合を除外したものと解することはできない。もしもかく解すべきものとするならば、この法律は国民にとつてはほとんど実際上の効果なきに等しく、前段説示の憲法の要請にこたえるところなきものというのほかない。さればこそ法は故意ある違法行為にしてしかもそれをもつてし職務執行なりといい得るためには、その公務員がその所為に出づる意図目的はともあれ、行為の外形においては職務執行と認め得べきものをもつてこの場合の職務執行たりとするのほかないのである。もちろん同法にいう違法行為は公権力の行使に当る公務員のしたものでなければならないからその事項についてなんら本来の権限のない者のした行為は、いかにその外形が職務の執行と見得るものであつても、それは同法の関するものではないことは当然である。また違法な職務執行行為は本来その法令の根拠を欠き法令の定める手続によらない等法の許さないものであるから、一般的にはその事項につき権限ある者のした行為であつても、その権限の内部的分配、手続の法定の要件等に違反することによつて違法となるものがあるのであり、これらの違法の限度が顕著であつてそれ自体行為の外形上も職務の執行と見得ないものもなしとしないであろう。しかしそうでない限り、これらの違法要素は必ずしも行為の外形上職務執行と見ることを妨げるものではない。してみると結局、当該事項について一般的に職務上その権限あるものについて、そのもつぱら外部に発現した現実の行為により、その事項についての権限の発動と見得るものは、ここにいう行為の外形ありとしてこれを職務の執行についてしたものというべきであり、かかる意味において公権力の行使に当る公務員がもつぱら私の目的のために職務行為の外形を利用し職権を濫用する場合も同法第一条第一項の要件をみたすものといわなければならない。

あるいはこのようなもつぱら私の目的のためにする違法行為については、被害者の救済の必要はともかくとして、これを国又は公共団体の責任に帰せしめるにはその帰責事由を欠くとの論もあるであろう。しかし国又は公共団体は公権力を適法に行使するためにのみ公務員にその権限を委ねるのであり、かかる違法を行う公務員には公権力の行使を託してはならない地位にあるのである。しかも一々これを事前に排除することは不可能であるとすれば、かかる公務員の違法行為については国又は公共団体において責任を負うとすることは公平の観念の要求するところであるとしなければならない。

従来公務員の職権濫用もしくは仮装の職務執行等の行為は、もつぱらその公務員個人の不法行為たるに止まり、国又は公共団体の職務執行行為ではないとしてその責任を否定する傾向のあつたことは事実であり、控訴人の引用する最高裁判所の判例もまたその線にそうものではあるが、これは同時に、一般に違法な公権力の行使による損害については、それが国又は公共団体の行為と見得る限り、国又は公共団体に責任なきことはもちろん、事に当つた公務員個人の責任もまた否定されるという前提に立つものであつて、この場合には、違法行為がいつたん国又は公共団体の行為であるとされれば、被害者は訴うるにところなしということになるのである。その故に前記のような職権濫用等の行為については、これを公務員個人の行為としてこれに賠償責任を帰せしめるということが、その意義を有したのである。しかし憲法第十七条及びこれにもとずく国家賠償法は事情を一変せしめた。違法な公権力の行使について第一次的に国又は公共団体が責任を負うたてまえのもとでは従来の観念をそのままに適用するのは相当でないとしなければならない。

かかる見地に立つて前認定の事実を見るとき、梅津巡査は当初から適法な職務執行の意思なく、もつぱら自己の利をはかる目的で、警察官の職務執行をよそおい、笠島に対し不審尋問の上所持品を犯罪の証拠品名義で預り、しかも連行の途中これを不法に領得するため所持の拳銃で同人を射殺してその目的をとげたものであり、その行為が公権力の適法な行使としてなされたものでなく、違法のものであることはいうまでもない。しかし警察官が容疑者に対し不審尋問をし、その所持品を検査し、これを連行し、その金品を証拠品として預り所持する行為は、警察官に許された適法な職務執行と見るべきものであり、梅津巡査が警察官として本来かかる権限を有したことは明らかであるから、梅津巡査のしたこれらの行為は、これを客観的に観察するときは、行為の外形上いちおう適法な職務執行行為と見ることができるのである。また右金品領得の目的達成のためにした拳銃発射の行為も、一般に警察官が拳銃を持つており必要上一定の場合にはこれを使用し得ることはその許されたところであるのみでなく、前記一連の行為と密接不可分の関係にあつて社会観念上はこれも合せて一個の行為と見得るものであるから、これをもふくめてその外形上職務の執行と解して差支えはないものといわなければならない。いわんやその拳銃が自己に支給されたものでなく他の同僚に支給されたものを盗んだものであるとの事実のごときは、少しも右認定を左右するものではない。

当日梅津巡査が非番にあたつていたことは前記のとおりであるけれども、ここにいう非番の日とは要するに内部の事務分配の都合により現実に職務に従事しないで休息を許された自由の時間であるというに止まり、本来もつている職務執行の権限をうばわれたものではなく、非番の日の職務執行がそれ自体無権限のものということはできないのみではなく、現に勤務の命令ないし召集があれば職務の執行に当り得ることは控訴人も自認するところであるから、本件において右梅津巡査の行為が非番の日になされたということは行為の外形上職務執行ありと認める上になんら妨げあるものではない。

また前記土地管轄の点も、警察官は一定の要件のもとにその土地管轄区域外においても職務を執行し得ることは警察法第五十八条の定めるところであり、現に拳銃発射行為のなされた地点は同法第五十七条により職務執行をなし得べき区域内にあつたものであるから、本件の行為の外形が職務執行にあたるものとするについて差支えはないのである。

はたしてしからば、梅津巡査の本件行為は国家賠償法にいう公権力の行使に当る公務員がその職務の執行について故意により違法に他人に損害を加えた場合に該当することは明らかであつて、控訴人はこの損害について賠償をすべき義務あるものというべきである。

よつてその損害賠償の点について判断する。この点については当裁判所は被控訴人らに与えられるべき慰藉料の数額のみについての判断を除くその余はすべて原判決の理由に説明するとおりに判断するから、原判決の理由をここに引用し、慰藉料の数額については、被控訴人らの身分関係、年齢、経歴、社会上の地位、控訴人の地位、本件行為の性質、及び本件が昭和二十三年三月中に発生したものであつて、その後ここに現実に救済を与えられるまでに一般経済事情に変動あることその他本件にあらわれた一切の事情を考慮し、国家賠償法第四条民法第七百十一条にのつとり、被控訴人キヤウには金二十五万円、同重勝、勝典、千秋及び本訴提起後に死亡した笠島和介に対しては各金六万円をもつて相当とすべく、従つて右和介の相続人であるその余の被控訴人らについてはその各自の相続分に応じて被控訴人喜代は金二万円、同義絵子、信和、義和、佐絵子は各金一万円の請求権を取得したものといわなければならない。従つて控訴人は本件損害賠償として原判決の認めたもののほかさらに、被控訴人キヤウに対しては金十五万円、同重勝、勝典、千秋に対しては各金三万円、同喜代に対しては金一万円、その余の被控訴人らに対しては各金五千円及び右各金員に対する本件訴状が控訴人に送達された日の翌日であること記録上明白な昭和二十五年三月十九日から支払ずみにいたるまで年五分の遅延損害金を支払うべき義務がある。被控訴人らの請求中その余の部分は理由のないものとして棄却すべきである。

よつて原判決中「原告らのその余の請求を棄却する」との部分を右のように変更すべく、被控訴人らの請求棄却を求める控訴人らの本件控訴は理由のないものとして棄却すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条第九十二条を適用し、なお仮執行の宣言はその必要がないものと認めこれをつけないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 原宸 判事 浅沼武)

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